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喜多川月麿画『上州草津温泉略図』 喜多川月麿(きたがわ・つきまろ) 生没年不詳 江戸時代末期の浮世絵師。喜多川歌麿の門人の中で最も優れた画才を持ち、美人風俗画、花鳥画、書の挿絵などで数多くの作品を残した。この画の中央には「湯安(日新館の旧号)」と書かれた道具箱が配されていることから、当館に来訪した際の浴客の姿を描いたものと推察される。 |
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河東碧梧桐書/水木伸一画・ほとゝぎす掛軸 河東碧梧桐(かわひがし・へきごとう)の略歴は書の間をご覧下さい。 水木伸一(みずき・しんいち) プロフィール調査中です。 この掛軸は、碧梧桐が「ほとゝぎす 川上へなき うつるあさの窓 あけて居る」との歌を記し、伸一が草津の名刹・光泉寺の薬師堂を描いたもの。 |
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竹久夢二書・画『杜若(かきつばた)』 竹久夢二(たけひさ・ゆめじ) 1884-1934 岡山県生まれ。藤島武二、鏑木清方らの影響を受け、目に哀愁をたたえた「夢二調美人画」を確立。感性豊かな叙情的表現は、絵はがき・封筒などのデザインにも用いられ、幅広い層に愛された。 色紙の中央に一輪のかきつばたの絵が描かれ、全体で「かきつばた おもへば去年(こぞ)の古帽子」という夢二自作の句が記されている。 |
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竹久夢二画『草津温泉小唄』絵はがき(初版) 竹久夢二(たけひさ・ゆめじ)の略歴は上記 相馬御風が作詞した『草津小唄』(書・古文書の間にある御風の直筆詞もご覧下さい)をベースに、当時人気絶頂だった竹久夢二が1929年(昭和4)の草津来訪時に絵を描き下ろし、絵はがきとして発売されたもの。 |
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宮尾しげを画・色紙二点 宮尾しげを(みやお・しげお) 1902-1982 東京都生まれ。1922年(大正11)に東京毎夕新聞社に入社、同紙で『漫画太郎』、『団子串助漫遊記』などの漫画を連載し人気を博す。以後も日本初の子供漫画専門作家として、数多くの単行本を刊行した。 |
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田河水泡画『のらくろ』 田河水泡(たがわ・すいほう) 1899-1989 東京都生まれ。1931年(昭和6)から講談社の『少年倶楽部』に『のらくろ』を連載。擬人化した犬を主人公に、軍隊での出世物語を描いたもので、軍国の世相を反映しながらも風刺の笑いがこめられ人気を博す。戦時中は休載したものの戦後続編が執筆され、1972年(昭和47)に全15巻が完結した。長谷川町子をはじめ弟子も多数輩出。 |
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棟方志功画『雪に来てみごとな鳥の黙りゐる』 棟方志功(むなかた・しこう) 1903-1975 青森県生まれ。原始美術にも似た力強い板画(志功は自らの木版画を『板画』と称していた)を制作し、民芸運動家から高く評価された。代表作に『弁財天妃の柵』、『大和し美(うるわ)し』、『釈迦十大弟子』などがある。 |
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谷内六郎画『草津スキー教室』 谷内六郎(たにうち・ろくろう) 1921-1981 東京都生まれ。初めは子供向けの漫画家として出発したが、挿絵作家に転身。『週刊新潮』の表紙絵を1956年(昭和31)の創刊時から死の直前まで執筆し続けた。晩年は障害者施設「ねむの木学園」で児童画教育にも尽力。色紙の絵は1963年(昭和38年)の来草時に当館の主人が夫人にスキーをお教えし、謝礼として頂いたもの。 |
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